アラ還オヤジの備忘録

雑感や、その他諸々。

〇〇だけならサルでもできる

オリンピック初日に首都圏3県の緊急事態宣言を口走るのは不謹慎?で「素人目にも、緊急事態宣言を東京都のみならず近隣3県(千葉、神奈川、埼玉)も早急に発出すべきと思う」と書いたのが8日前。

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その後の新型コロナ感染者数の急増はご承知の通りで、ここに来てようやく首都圏三県の緊急事態宣言発出が発表された。といってもスタートは来週からで、この週末はこれまで通りだ。

それにしても、ここまで状況が悪化しなければ判断できないことなのか。たとえば、企業経営の観点からすれば、KPIs (Key Performance Indicators: 重要業績評価指標)をモニターし、トレンドとして何らかの兆候が見られれば、“先取り”して手を打っていくというのは当たり前のことだ。新型コロナ感染者数の推移(トレンド)を見れば、随分前からこの先どのような状況になり得るのか、容易に想像出来そうなものを、関係省庁の官僚や政府与党にはそのような分析力(或いは想像力)が欠落しているとしか言いようがない。

さらに気になるのは、“宣言”の実効性だ。東京都に対して政府が緊急事態宣言を発出したのは7月8日。しかし、宣言発出前後で一体何が変わったのか。飲食店や酒類売店のみがやり玉に挙げられているのは従来通り、通勤電車の込み具合も駅の周辺の賑わいもニュース映像を見る限り大した変化はなく、結果、緊急事態宣言発出後3週間を過ぎても、状況はよくなるどころか、悪化の一途を辿っている。

話は変わるが、その昔、“反省ザル”というのがいた。

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そこから「反省だけならサルでも出来る」というコピーの栄養ドリンクのコマーシャルが一世を風靡した。

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今後、首都圏3県への宣言発出後も、実効性のある施策が講じられなければ、「宣言だけならサルでもできる」と揶揄されても仕方なかろう。

政府が当てにならないのであれば、“自助”で自らを守るしかない。職域接種一回目では、自分も“モデルナアーム”の洗礼を受けたが、二回目も予定通り受けるつもりだ。

「イランはアラブ諸国ではありません」って、だったら一体どこなの?

NHKのBS放送って、必要ですか?で「自分の場合、テレビをリアルタイムで見ることは、ほとんどない。ニュース番組以外は、ほぼ100%、事前に録画予約したものを見ている」と言っていたのだが、さすがに昨晩のオリンピック開会式は“生”で見た。

終わればいろいろな意見が出てくるが、概ね好意的な感想が多かったのではないか。個人的に高評価だったのはピクトグラム。実はカミさんの反応は散々だったのだが、やり直しの利かない一発勝負で、なおかつ舞踏等の演目とは違い、間違えれば誰の目から見ても一目瞭然というお題を与えられて、“中の人”のプレッシャーは半端なものではなかったろう。その分、無事やり終えたときの達成感も一際大きかったのではないか。

一方で気になったのは入場行進についてのNHKアナウンサーの訂正コメントだ。イラン入場の際にアラブ諸国についてのコメントをしたことについて、小一時間経ったあたりで「イランはアラブ諸国ではありません。」との訂正が入った。

さて、これを聞いた視聴者の多くはどう思っただろう。多分、こうではなかろうか?「イランはアラブ諸国ではありませんって、だったら一体どこなの?」

NHKのアナウンサーですら勘違いしてしまうほどなのだから、多くの日本人が「イランはアラブ諸国」と思っていても無理もない。日本人の感覚からすれば、顔立ちも着ているものも、アラブ諸国とさして違わないような気がする。

かく言う自分も、“イランはアラブ諸国”と言われても何の違和感も持たない“大勢派”だったのだが、「物語 中東の歴史」(牟田口 義郎著)の次の一節を読んで目から鱗が落ちた。

「イラン・イラク戦争が1350年前のアラブ・ペルシア戦争の再現ととらえられていることを思わせた。」

「イランはアラブ諸国」どころか、アラブ諸国は千年以上も前からイランの敵だったわけだ。それをオリンピック開催国の国営放送のアナウンサーに、あたかも敵方の一員にようにいわれたら、それはイランとしても黙ってはいられまい。

因みにこの本、新書という体裁もさることながら、飲み屋でたまたま隣り合ったオヤジの話を聞いているような軽妙な書きっぷりで、気楽に読める。イラン以外の国についてもウンチク満載だ。

さて、オリンピックもいよいよ本番スタートだ。日本選手の成績とコロナ感染状況の両睨みの日々がしばらく続きそうだ。

オリンピック初日に首都圏3県の緊急事態宣言を口走るのは不謹慎?

ワクチン打ったジジイ達は飲みたがっているで、昔の同僚からワクチン接種予約ができたと電話をもらった話をしたのがおよそ二ヶ月前。その時自分は、「俺はまだ65前だから、暫くはワクチンの順番は回ってこないと思うよ。」と答えたのだが、その後、世の中の様子は随分と変わった。東京都のみならず、地方でも大規模接種会場が次々と設置され、いつのまにか65歳以下でもワクチンを受ける機会が増えてきた。結果、東京都では、「50代問題」対策が喫緊の課題として浮上してきたという報道があったのが先々週の日曜日。要は、60歳以上はワクチン接種が進んだ結果、陽性者数も入院患者数も高齢者層から50代に移ってきているというのだ。

こんな話を聞くと、首都圏はどこも60歳以上はワクチン接種が進んでいるように思われるかもしれないが、実は地域格差が半端ない。

例えば、千葉市は今日(7月23日)現在も、60歳から65歳の市民はワクチン接種の“予約”すらできない状況だ。市の説明によれば、来週月曜(7月26日)から、「○60歳以上の方 ○基礎疾患を有する方 ○高齢者施設等の従事者」の“予約”が開始され、接種開始はオリンピックも終わった8月9日以降というのだ。繰り返すが、予約が来週月曜から開始で、接種が来月9日以降に開始なのは、「○60歳以上の方 ○基礎疾患を有する方 ○高齢者施設等の従事者」だけである。それ以外の市民の“予約”は来月2日以降というのだが、接種は一体いつ頃になるのだろうか?これでは、千葉市では「50代問題」など起ころうはずもない。

千葉市は、昨年の全国民一律10万円の「特別定額給付金」でも、配布の進捗が全国平均から大きく後れを取り、市民から大ヒンシュクを買っていたのだが、今年3月に市長が変わってからも、その「ポンコツ」ぶりは改善するどころか、ますます磨きがかかっているようだ。

それにしても、今週に入ってからの、新型コロナ感染者数の急増には目を疑うほどだ。千葉県の昨日(7月22日)の新規感染者数は343人、千葉市のそれは66人とのこと。一日60人超というレベルは、昨年末から今年1月にかけての第三波の時と同じ水準だ。ワクチン接種の進捗も思うに任せない現状では、素人目にも、緊急事態宣言を東京都のみならず近隣3県(千葉、神奈川、埼玉)も早急に発出すべきと思うが、オリンピック初日にそんなことを口走っては不謹慎と後ろ指をさされるのを案じてか、マスコミ各社も口をつぐんだままだ。

話をワクチン接種に戻すと、自分自身はどうかと言えば、お陰様で先週、職域接種で無事第1回目を済ませた。再就職しましたで書いた通り、今年の春先までプー太郎だったわけで、そのままであれば“職域” 接種など叶うはずもなかった。本当に有難いことだ。

因みに“蛍光灯2020年問題” に今更ながら気付くで書いた通り、再就職後、リアルにオフィスに出勤したのは、これまで2回きりで、“同僚”ともじかに会う機会はほとんどなかったのだが、接種会場では、これまでリモート会議でしかお目にかからなかったかたとも会うことが出来た。2回目の接種のときにもどなたかに会いそうな気がするので、あまり小汚い格好では行けないなと思ったりするのだった。

“蛍光灯2020年問題” に今更ながら気付く

素人投資家が憂う日銀のETF購入でお話した通り、ダイニングの電球が切れたので替えを買いに近所の家電量販店に出かけたのは昨年末のこと。あの時購入した電球型の蛍光灯は“電球色”だった。あの温かみのある色目は冬場であればふさわしく、カミさんが言うには、食べ物もおいしそうに見えるそうな。しかし、6月ともなって、もうすぐ夏本番という季節では、あの色はどうにも暑苦しく、大体この時期になるとダイニングの電球を“昼光色”のものに変えるのが我が家の毎年の定番だった。

というわけで、今年も電球を交換しようとして、電球がしまってある箱を開けてみてようやく思い出したのは、(そうだ、昨年は“昼光色”の電球が切れたので、早めに“電球色”の電球に変えたのだ)ということだった。

前回同様、株主に送られてきた金券を手に、ビックカメラに行くという選択肢もあったが、さすがに再就職したばかりの身では、いくら在宅勤務がメイン(実は就職してから3か月以上経つが、オフィスに出かけたのは、入社初日を含めて、これまでたった2回きりだ)とはいえ、前回のように店が空いていそうな平日午前に買い物に出かけるのはさすがに憚られる。

金券が使えないのは残念だが、次善の策としてはネットで購入すればよいと思い直して、検索してみることに。幸い、昨年購入した電球の空箱が手元にあり、それと同じ物の色違いを購入すればよいので、親切な店員さんの助けを借りずとも、自分で目的の品を正しく見つけられるだろうと考えたのだ。

ところがだ、“目的の品”を見つけることは出来たのだが、思いもよらない問題が発生した。どこの通販サイトも軒並み“売り切れ”や“販売を終了しました”なのだ。

一体、何が起きているだろうか。マスクの時のように、まさか、どこぞの国の人たちが買い占めているということでもなかろうに。不思議に思い、ちょっとググってみたらわかりました。自分は全くノーマークだったのだが、国の施策で蛍光灯そのものの製造が昨年で終了しているというのだ。一部では“蛍光灯2020年問題”とも言われていたらしいが、事の発端は内閣府が2010年に閣議決定した「エネルギー基本計画」。政府は、2020年までに出荷ベース、2030年までに設置ベースでのLEDへの入れ替えを推進しており、製造メーカーも、2019年から2020年にかけて、軒並み蛍光灯の生産を終了しているとのこと。今、売られている蛍光灯は、いわば「ストック品」というわけで、在庫がなくなればそれっきりだ。

全く何ということだ。昨年末にビックカメラで購入した電球は、“在庫限り”だったわけだ。あの時に“昼光色”の電球も買っておけばよかったなどと思っても、後の祭りである。仕方がないので、どこかで売っていないか、暫くネット上で探してみて、ようやく見つけたのはAmazonへの出展品である。価格は800円。記憶では(ジジイの記憶力では怪しいものだが…)ビックカメラでは、確か600円程度だったと思う。若干割高ではあるが、背に腹は代えられない。在庫数も「残り一個」と表示されているので、間髪置かずポチることに。3日ほどして商品が届き、無事、我が家のダイニングも夏仕様の照明に変わったのだった。

それにしても、ダイニングの電球が切れるたびに、毎回右往左往させられてはたまらない。多少割高でも、市場に流通しているうちに、2~3個購入しておくかと、再度Amazonをチェックしてみると、何と値段が1,000円に値上がりしているではないか!それだけではない。さらにその2~3日後に見てみると、今度は1,200円に。ビックカメラで買ったときのほぼ2倍である。まさに“需要と供給”。経済の仕組みを目の当たりにしたのだった。

ここまで読まれたかたは、「蛍光灯ではなくて、とっととLEDにすればよいのに。」と思われたことだろう。実は自分も数年前にLED電球を試したことがあった。しかし、色目は蛍光灯の電球とは明らかに異なり、さらに言えば、蛍光灯の電球とは比べ物にならないほど重量がある。ダイニングの照明はボール型の電球が二つ付いているものだが、片方だけLEDにすると、重さの違いから照明が大きく傾くことに。これでは、両方LEDにするしかないのだが、その当時、LEDは蛍光灯に比較にして随分と高価だったこともあり、(しばらくは蛍光灯のままでいいか)ということになったのだった。

しかし、このような状況となっては、蛍光灯からLEDに変えることも真剣に考えざるを得ない。LEDの普及も大分進んだろうし、値段もこなれてきたのではと考えて、代替のLEDを探してみて行き当たったのが以下の商品。

値段は蛍光灯の出展品とほぼ同じ。これくらいの値段なら、蛍光灯と色目が違っても、まあ、もう一つ買い足すかという気にもなるが、そもそも半額だったことを考えると、何とも釈然としないのだった。

SDGsの観点からすれば、電力消費量が少ないLEDへの入れ替えは進めるべきだろうと思うし、反対もしないが、そのせいで一般市民に2倍の支出を強いるというのは如何なものか。今後もLEDの値段は下がり続けると思うし、入れ替えは徐々には進むだろう。政府もそのように考えて、特に手を打つ気もなさそうだが、LEDへの入れ替えを“推進”したいと考えるのであれば、購入側にインセンティブを与えるのが手っ取り早いのではないか。政府・与党の皆さん、是非ご一考頂けませんか?選挙対策にもなりそうですよ。

2008年のこと

再就職しましたで、「精神的にも経済的にも“切羽詰まった”こともあった」と書いた。

13年前の2008年、その年は、まさにそんな状況だった。

その年の9月、父親が他界した。癌を患っていたのは数年前にわかっていたのだが、死の一ヶ月前に容態が急変し、最後はあっけなくこの世を去った。不幸中の幸いと言えるのは、容態急変の2週間ほど前に父も交えて家族で二泊三日の温泉旅行に出かけられたことだった。息子(私の父にとっては孫)も一緒で、最後によい思い出が作れたと思う。しかし、私には、その旅行を心から楽しむことはできなかった。なぜなら、私はその時、職を失っていたのだ。

失業していたことは、父はおろか、家内にも打ち明けていなかった。何しろその時期は、新居を建てたばかり、ある程度まとまった額を頭金で支払っていたものの、それでも毎月のローン返済額は20万円を超えていた。そんな状態で、収入が途絶えたとは、さすがに言い出せなかった。朝は普通通りに家を出て、やることは“職探し”である。複数のエージェントに連絡し、何か“オポチュニティ”があれば教えてほしいとお願いした。できれば、早く次の職を見つけ、家内には、そのあとに“真相”を伝えたいと考えた。しかし、世の中はそんなに甘くない。今、アラ還の自分は、13年前は“アラフィフ”である。そんな年齢で新しい職を見つけることは容易なことではない。さらに言えば、2008年は、あの“リーマンショック”が起きた年である。

職を失ったことを家内が感付いたのは、父の葬儀の時である。私には、弟が一人いるが、父の告別式には、弟の勤務する会社からは弔電や、花輪が届き、彼の同僚たちが参列した。しかし、無職の私には、弔電を送ってくれる会社はなく、葬儀に参列してくれる同僚を望むべくもなかった。家内もさすがにこれはおかしいと思ったのだろう。問い詰められた私は素直に事実を白状するしかなかった。 

それからは就職活動に明け暮れる毎日だった。11月のある日、家内が「ディズニーランドに行こう」と言い出した。何か気晴らしでもしないと“やっていられない”状況だった。建てたばかりの新居の“差し押さえ”も現実的な問題として頭をよぎっていた。毎晩なかなか寝付けず、一旦眠りに落ちても午前3時には必ず目が覚めた。彼女も表には出さないが、似たようなものだったのだろう。しかし、家族三人でディズニーランドに行っても、心は晴れなかった。アトラクションを待っている間に携帯電話が鳴った。エージェントからだった。しかし、それはもう聞き慣れてしまった“不採用”の連絡だった。

そんな“どん底状態”の中、ある知り合いが電話をくれた。食事の誘いだった。そこで引き合わせたい人がいるという。こちらが求職中なのは、その知り合いも百も承知だ。転職に直接結び付くかどうかはわからなかったが、何かプラスにはなるだろうと思い、出かけることにした。

食事では他愛もない話をした。そもそも、その“引き合わせたい”人は、私がそれまで働いていたのとは異なる業界の人だった。それでも別れ際、念のためCV(curriculum vitae、いわゆる職務経歴書のこと)をメールで送ってくれ、と言われた。こちらが求職中であることを慮ってのサービストークに違いない、そう思ったが、そんな彼の心遣いがうれしかった。

それから一ヶ月ほど経った頃だろうか、状況は好転するどころか、悪化の一途を辿る中、件の知り合いから、また連絡が入った。例の“引き合わせてくれた人”が、もう一度会いたいらしいと言う。彼に直接連絡を入れると、こういう話だった。私がメールで送ったCVを彼が印刷し、たまたま机の上に置いていた。それを彼の上司が見つけ、興味を持ったというのだ。彼の上司は外国人で月イチペースで来日しており、次回の来日時に会いたいという。

朝八時と時間を指定され、外国人上司が宿泊している都内のホテルで一緒に朝食を取りながら話をすることとなった。彼と外国人上司、そして私の3人で一時間ほど話をした。話が終わり、別れ際に外国人は、私に自分の名刺を手渡した。そのまま部屋に戻っていく後ろ姿を見送りながら、彼は私にこう言った。「君は採用だ。あの外国人は自分の眼鏡にかなった人物にしか、自分の名刺を手渡さない。」

そうして、私は、その会社に、9か月間という冗談みたいに長い試用期間を条件に入社することになった。何しろこちらは、その業界は全くの未経験である。先方も“保険”をかけるのは当然だ。喜んでその条件を受け入れた。入社は、12月の最終週だった。“できるだけ早く”という先方の都合ではあったが、私にとっても、入社は早ければ早いほど有難かった。「これで年が越せる」。偽らざる心境だった。そういえば、家内にクリスマスプレゼントを買うことすらできないでいた。しかし、手元には、そんなプレゼントを買う金などあるわけがない。ひねり出した“苦肉の策”は、それまでほったらかしにしていたクレジットカードのポイントを商品券に変えることだった。クレジットカード会社のウェブサイトでポイント交換する際に、“寄付”の項目があるのに気付いた。(ポイントで寄付ができるのか…。)その時、私は自分の幸運を、誰かに感謝したい気持ちだった。いくつか選択肢のある寄付先の中からユニセフを選んだ。

その後、毎年年末になると、欠かさず“ポイント”でユニセフに寄付を続けている。途中、クレジットカード会社を変えたところ、新しいカード会社のポイントではユニセフには募金できないというハプニングがあったが、それ以降は、カードのポイントの代わりに、その年にたまったTポイント全部をユニセフに寄付することにしている。“現金で寄付すればいいだろ” というツッコミも当然あろうが、しないよりはした方がいいに違いないと自己弁護しつつ、今後も続けていこうと思っている。

ワクチン打ったジジイ達は飲みたがっている

先週のことだ。平日の昼の時間、久しぶりに自分のガラホが鳴った(着信音は“黒電話”)。最近は、メールやSNS(といってもLinkedInくらいだが)経由で連絡してくるケースが多いので、電話をかけてくるヤツは限られている。(平日のこんな時間に個人ケータイに電話をかけてくるのは…)と思って、ガラホのサブディスプレイを見てみると、案の定、昔の同僚のHからだ。

「おぅ、久しぶり」と、話を始め、先方の用件を聞く。中身は、彼の会社に応募してきた候補者についてのレファレンス取りだった。以前、ある会社で、私と候補者の在籍期間が重なっていることを目ざとく見つけて、連絡してきたのだが、生憎、接点のある人物ではなかった。「お役に立てず…」ということで電話を切ろうとすると、まだ何か話があるらしい。「実は…」と言って話し出したのは、何とワクチン接種のことだった。Hの住む街でも65歳以上へのワクチン接種が始まり、Hも予約が取れたとのこと。「全然、電話がつながらなくてさ、怒ってやったぜ。」と自慢気だ。Hの性格からすれば、その時の様子が目に浮かぶ。市の職員もご苦労なことだ。まあ、とにかくワクチンが打てるということで、「それはよかったな。」と話すと、すかさず帰ってきた言葉は「ワクチン打ったら飲みに行こうぜ。」う~ん、こちらとしても是非そうしたいところなのだが、「俺はまだ65前だから、暫くはワクチンの順番は回ってこないと思うよ。」と返事をすると、微妙な沈黙が。

Hとは結構長い付き合いで、気兼ねなく酒が飲める数少ない友人だ。この歳になると、立場の違いやら何やらで、酒を飲む相手選びにも結構気を遣う。仕事関係、特に同じ会社の中ではなおさらだ。そんな中、Hとは何故かウマがあった。会社を変わってからも、よく新橋や品川の港南界隈に繰り出したものだ。

それが、このコロナ禍だ。緊急事態宣言の狭間を狙って出かけられないこともなかったのだが、さすがにいい歳をしたオヤジ同士、リスクを冒してまで飲みに誘うことはお互い憚れた。

それがワクチンで状況が一変した。新型コロナの感染リスクがないのであれは、何に気兼ねすることがあるだろう。贔屓にしている居酒屋も、ランチでしのいでいるという話を風の便りで聞いていたが、ここは応援する意味でも真っ先に駆け付けなければ!

多分そんなつもりでHは私に電話してきたのだろう。ところが残念なことに、こちらはワクチン接種の対象外だ。Hの誘いに付き合うことも出来ず、「また、近いうちに。」と電話を切った。

それにしても、冷静に考えてみると、今の緊急事態宣言下では、どこも店を閉めているか、開いていても時短営業で、さらに酒類の提供はないのではないか。もし、自分が運よくワクチン接種を受けられても、「繰り出す」先がないことに気付いた。

テレビを見ていると、飲食業界の苦境を伝えるニュースを目にしない日はないほどだ。一方、ワクチン接種が済んだ高齢者の中には、Hのように飲みに行きたくてウズウズしている層も少なくないのではないか。であれば、ここは“ワクチン接種が済んだ高齢者限定”で、店を開けたり、さらには酒類の提供を許可してはどうだろう。こんなことを言うと、「なんて不謹慎な奴だ」とお𠮟りを受けそうだが、飲食業と“飲みたい”高齢者のWin-Win、もっと言えば、これ以上補助金を出したくない行政サイドも含めて、“売り手よし”、“買い手よし”、“世間よし”の“三方よし”のアイデアだと思うのだが。

ピアノのお稽古

再就職しましたでカミングアウトした通り、この春まで、約一年弱、プー太郎をしていたのだが、最初のうちは、“一体どうやって毎日を過ごすか”が、結構問題だった。

定年したオヤジ達が毎日やることがなく、図書館のソファーを占領して昼寝をしている、などという話を耳にしたりしていたが、自分の年齢を考えれば“他人事ではない”と思っていたのだった。それが思いもよらず、突然無職になったのだから、たまらない。何の準備もしていないから、やることがないのだ。これがコロナ禍でなければ、それこそ“図書館”も選択肢に入ったかもしれないが、図書館はおろか、外出自体が憚られるのだから、おのずとできることが限られてくる、というか自宅で何かやるしかない。ここは腹を決めて、(定年後の予行演習のつもりで考えてみるか)と開き直った。

「ジタバタしないと決めたなら、何もやらずにのんびりテレビでも見ていればいいだろう」(なぜ“ジタバタしないと決めた”かは、再就職しましたを参照下さい)というクチもあろうが、テレビばかり見ているという訳にもいかないし、そもそも多少の運動もしなければ腹も減らない。腹が減らないとメシ(と酒)もうまくない、ということで、うまいメシを食べるためには背に腹は代えられない(?)と、室内でできる運動を始めることにした。まずは、朝9時55分から始まるHNKの「みんなの体操」。国会中継があるときは放映されないが、その時は録画したものを見ながらカミさんと一緒に5分間。あと、午後には、これもNHKで昨年春ごろに放映していた「趣味どきっ!みんなができる! 体幹バランス」を録画したものを30分ほど。

いずれもグーグルカレンダーと連携しているガラホが、時間になると「ピポパポ」と知らせてくれるので、(仕方ない、やるか)という感じで重い腰を上げる。(なぜガラホが「ピポパポ」言うかは、2年縛り、まだあるってよ。をご参照ください。)

そんな訳で、運動(と言えるほどモノでもないが…)を始めてみたのだが、結果、腹が減るようになったかというと、まあ、この程度の負荷では、大して腹が減るはずもない。ほかに何をするか、と考えて思いついたのがピアノの練習だった。実は昨年の2月から近所のピアノ教室に通うことにしていたのだが、ちょうどコロナの流行と重なり、2月に1回レッスンを受けた後しばらくは休校になってしまった。レッスンを受ける部屋も完全に密室(防音が必要なため)で、きっと教室側ではいろいろ対策を講じてくれているのだろうが、敢えてここでリスクを取る必要もなかろう、ということで、それきりで退会してしまったのだった。

自宅には、息子が子供の頃に使っていたピアノ、というか、ヤマハクラビノーバ(一応88鍵盤あります)がある。

なので、独力でやろうと思えばできないことはないのだが、まあ、自己流でやるよりは、最初はきちんと先生に習ったほうがよいだろうということで、教室に通うことに決めたのだ。しかし、こうなってしまっては、自力でやるより他にない。まずは教本選びから、と思って何をしたかというと、自宅のクラビノーバの隣に立てかけてある教本らしきものを物色することに(何しろ“プー”なのだから、できるだけ出費はおさえたい)。そこで出てきたのは、「はじめから1人で学べる 大人のためのピアノレッスン」( 上・下巻)。

 

まさに自分の今のレベルにはぴったりのタイトルだ。それにしても、こんなものがなぜウチにあるのか。息子のレッスン用の訳もない(ヤツがピアノを習っていたのは小学生までだ)。思いつくのは、クラビノーバを買ったときに、“おまけ”でついてきたのでは、ということくらいだが、まあ、そのあたりはあまり気にせずに、毎日夕食前に30分ほど、ピアノの前に座ることにした。

さて、結果、腹は減るようになったかというと、実はこれが結構、効果があった。何しろ全くの初心者、それも本を頼りにでは、文字通り“悪戦苦闘”である。楽譜を見ながら、どう指を動かすか、一生懸命考えるには、脳のエネルギー(ブドウ糖)消費も一気に進んでいるに違いない。夕飯のころにはちょうど良い塩梅で腹が減っているのだった。

それにしても、この教本、たまたま自宅にあったという理由で使い始めたのだが、それまでピアノの経験の全くないオヤジにはちょうどよい難易度で、お陰様で約一年かけて、上・下巻とも終了することが出来た。背表紙を見ると発行年は1993年、自分が使っているものは1998年印刷の15版とある。Amazonで売っているものは2006年発行とあるが、これは多分DVDを付録でつけだしたからか。出版から30年近く経ってもこうやって売られていて、Amanzonのレビューを見ても大方好意的なところを見ると、たまたまではあるが、良い教本に出会ったようだ。再就職もかなって、平日に腹を減らす算段に頭を悩ますこともなくなったが、今も週末にはピアノの練習は欠かさないようにしている。さて、次の教本は何にするか、思案中だが、次も“出費ゼロ”というわけにはいかないかな。