アラ還オヤジの備忘録

雑感や、その他諸々。

“ほっこり”に遺憾


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今年の三が日は初詣に出かけることも出来ず、ウチに籠ってテレビ三昧だった。といってもバラエティー番組は苦手なので、録り貯めていた映画やドラマなどを片っ端から観ていたのだった。

年末年始ということで、テレビ各社とも力の入ったドラマや、大ヒットした映画等、見るべきものはいろいろあったのだが、その中で、一番楽しめたのはと聞かれれば、テレ東で放映された「絶メシロード」の特別編ということになろうか。

 

このドラマ、昨年頭から同局の深夜ドラマ枠で放映されていた。既視感のあるグルメ番組の体(てい)を、最初は(〇独のグルメみたいなものだろう)と何の気なしに見ていたのだが、そのうち、その“脱力さ”加減が、就寝前に観るにはちょうど良く、結局、全話を観ることになってしまった。本編は昨年春には終了したのだが、今回は新春特番が放映されるのを新聞のテレビ欄で発見し、予約したのだった。

内容は、昨年放映の本編とほぼ同じ進行ながら、“元旦スペシャル”ということでエピソードは二つ。特に、後半の軽井沢の洋食屋の話がよかった。一緒に観ていたカミさんは、「このマスター役の俳優さんは久しぶりに見たわね。誰だったかしら?」などと宣っていた。(“トミーとマツ”に出ていた国広富之に決まってるだろう)と心のなかでは毒突きながらも、「そうだねぇ」などと生返事をしながら、最後まで楽しんだ。

 今回の二つのエピソードもそうだったが、ドラマ全体のトーンとしては、コミカル&ハートウォーミングな内容に、“店の終わり”というペーソスが隠し味として効いているというところか。もしかすると、このドラマの雰囲気を言い表すのに“ほっこり”という言葉は使われる方もいるかと思うが、実は、自分はこの“ほっこり”という言葉が苦手だ。

 

そもそも、この“ほっこり”、自分が子供の頃、というより大人になってからも、暫くはあまり使われることがなかった言葉と思う。では、最近出てきた言葉なのかというと、そうでもないようだ。手元に昭和51年(1976年、今からおよそ44年前だ)出版の広辞苑第二版補訂版があるが、それを見ると、「ほっこり」の項があり、「①あたたかなさま。ほかほか。」とある。因みに②は“(上方方言)やきいも”、③はなんと“疲れたさま”である。

 

そんな“ほっこり”が、ある時から急に使われ出すようになった印象なのだが、一体いつ頃からだろうか?思い出されるのは、モヤモヤさまぁ~ず2のアシスタントが大江麻理子アナから狩野恵里アナに変わった頃のことだ。確か、狩野アナになってから間もない頃の放映だったと思うが、何かの感想に、狩野アナが“ほっこり”という言葉を使うと、さまぁ~ずの二人の反応は(むむっ…)という微妙なものだった。“ほっこり”に対するその当時の自分の反応もそのようなものだったので、妙に記憶に残っているのだ。その後、“ほっこり”という言葉は、度々聞くようになったが、自分の中での印象は従来から変わらないままだ。聞けば何となくこそばゆく、使うことは憚られるような…。話は変わるが、狩野アナは最近あまり見かけなくなったように思うが、如何されているのだろうか。自分の役回りに徹し、求められれば躊躇なく「クックドゥードゥルドゥー」と大声で叫べるような、真っすぐで生真面目なキャラは、なかなか得難い人材と思っていたのだが…。

 

そんな“ほっこり”と同じく、自分の中で引っかかっている言葉が“遺憾”だ。何か“やらかした”時にこの言葉を使うのは、大企業から、政治家、官僚、はたまた警察、検察に至るまで、実に幅広い。一方、(本当に意味が解っているのか?)と首を傾げたくなるような使い方を耳にするのも少なくないと感じる。再び広辞苑第二版補訂版を紐解いてみると、こうある。

 

い・かん【遺憾】 のこりおしいこと。残念。気の毒。

 

ここには、“謝罪”の意味は全く含まれていない。やらかした当事者・関係者が「遺憾だ」などと言うのは、明らかに使用法を間違っている。遺憾なのはこちら側であって、そちらが言うべきは「申し訳ございません」だろう。普段頭を下げることに慣れていない組織のトップが、意味もよく解らず、遺憾と言っておけばそれで済むと思っているのだろうが、そもそもそんな人間が上に立つ組織は、ほぼ間違いなく“腐って”いると断言できる。自らの組織の不始末を公の前で謝罪するからには、よほど言葉を慎重に選んだうえでその場に臨むというのが組織の長のあるべき姿だろう。それが出来ないトップが率いる組織のレベルなど、たかが知れている。

 

一方、何か“やらかされた”際にもこの言葉を耳にすることがある。例えば主権を侵害された国の政治家が、相手国に対して「遺憾だ」などと言うケースだ。しかし、これも随分とおかしな使い方だ。領海侵犯されたときに「残念です」という反応で、本当によいのだろうか?官房長官が記者会見で「遺憾だ」と言った内容が、先方のお国の言葉で「残念です」などと翻訳されていたとしたら目も当てられない。「そんな腰の砕けた反応なら、もっとやっても大丈夫」と思われても仕方なかろう。

 

 国を率いるトップの皆さんは、国民から「遺憾だ」などと言われることのないよう、くれぐれもご注意を。