アラ還オヤジの備忘録

雑感や、その他諸々。

再就職しました


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タイトルの通りである。先月から新しい会社に勤め始めた。暫くの間プー太郎だったのだが、ご縁があって久方ぶりのサラリーマン復帰である。

前職では、米国法人の日本支社を預かっていたのだが、コロナ禍の影響をまともに受けて東京オフィスは閉鎖、お前もいらん、ということになり、あっけなく路頭に放り出されることになった。そもそも、特に転職活動をしていたわけでもなかった自分に、「どうしてもウチに来てください」と言うから、「そこまで言うなら」と、その会社に転職したのだが、いざとなったら、そんな経緯はおくびにも出さず、あっさりクビである。言いたいことは山ほどあったが、アメリカ人相手にその手の喧嘩をしても時間の無駄なのはよくわかっているので、さっさとケリをつけたのは昨年5月だ。

コロナ禍では、転職活動もままならず、暫くはジタバタせずのんびり過ごそうと決めたのだが、夏を過ぎ、冬の足音を聞く季節になっても、コロナは一向に収まる様子を見せない。さすがに「このままのんびりしていていいのか?」と不安がよぎるようになってきた。

隠れトランプとアメリカ人上司で、「師匠に相談事があった」と書いたが、相談事とは、正にこのことだった。それに対する師匠の答えは「そのまま暫くはジタバタせず、のんびりしていろ」。そう言われると「そんなものか」と、気持ちも多少は楽になったのだった。

そうこうしているうち、年末頃から、それまで付き合いにあったエージェントから幾つか自分のスキルセットに合いそうなオポチュニティが舞い込んでくるようになった。これは、と思うものについてはインタビューを受け、結果、お陰様でめでたくそのうちの一社と契約まで漕ぎつけた。こんなアラカンのジジイにオファーしてくれるのだから、有難いことだ。

こんな風に書くと、「随分とのんびりしていて、気楽なものだ」と思われるかもしれない。確かに、すでに息子は手を離れて独立し、お陰様で住宅ローンも完済した、と言う訳で、若い頃のように切羽詰まるということはないが、それなりに、というか、人並みに不安やプレッシャーはあるものだ。以前、ネルソン・マンデラとポケトークで「最初に就職した会社を飛び出し、ベンチャー外資を転々とした」と書いたが、その中には、文字通り、精神的にも経済的にも“切羽詰まった”こともあった。

そんなとき、どうするか。友人や家族に頼ったり、或いは信仰に救いを求める人もいるだろうが、自分の場合は“本”だった。本当に追い詰められた時、手にする本が二冊ある。一冊は「運命を拓く」(中村天風)。

もう一冊は、「道は開ける」(D・カーネギー)だ。

この二冊、タイトルこそ、雰囲気が似ているが、著者のバックグラウンドも体裁も全く異なる。「運命を拓く」は、ヨガの聖地での修行から悟りを得たという著者の講演集、「道は開ける」は、著者がYMCAの夜間学校で多くの生徒たちが悩みを抱えていることを知り、それを解決する目的でニューヨーク共立図書館にある22冊の悩みに関する書籍全部を読破し、さらには自身の夜間学校での経験を踏まえて執筆したものだ。

ところが中身を読んでみると、意外なほど共通するアドバイスが多い。例えば「運命を拓く」には、こんな句が出てくる。

悲しくば あす悲しまめ 今日の日は 光うるおしく 吾れを 照らすを

一方、「道は開ける」では、PART 1の最初に「今日、一日の区切りで生きよ」という章が立てられているという具合だ。

「今日のことだけ考えていられるなら、とっくの昔にそうしている。」という声も出てきそうだが、もし、今、何かお悩みなら、騙されたと思ってまずは両著を手に取ってみてほしい。

因みにこの二人の著者、共通点が全くなさそうなのだが、実は一つ、似た点がある。中村天風は1876年生まれ、一方、D・カーネギーはというと1888年生まれ。ほぼ同時代の人だ。二人が実際に出会うことはまさかなかったとは思うが、もしかしたら、と想像してみるもの楽しいものだ。