近頃気になっていることがあった。テレビのニュースなどで、現在の福島第一原発の様子を映した映像を見ると、敷地中にタンクのようなものが所狭しと並べられているのが判る。そこには、いわゆる”汚染水”が貯蔵されているらしいということは知っていたが、素人目にもそろそろ”キャパオーバー”なのが明らかな様子だった。そんな中、汚染水を”海洋放出”することが決まりそうだという。
そもそも海洋放出できないからタンクに貯蔵していたであろうものを、どういう理由で、放出可能となったのか、疑問が湧いた。
いつもの通り、サクッとググってみると、そもそも”汚染水”とは、溶け落ちて固まった燃料”デブリ”を冷やすために、注入され続けている冷却水のこと。現在は、「ALPS」と呼ばれる設備で、ほとんどの放射性物質(全部で63種類あるらしい)が除去できるそうだが、どうしても一種類だけ取り除くことができない放射性物質がある。それがトリチウム。海洋放出しようとしているのは、トリチウム以外は除去された”トリチウム水”だそうだ。これを”薄めて”海に流すらしい。
大方のテレビのニュースの論調は、”科学的には問題ないが、風評被害が心配”というニュアンスに感じられた。しかし、本当に”科学的”に問題ないのか。希釈したところで絶対量は変わらない。いつになるかはわからないが、いずれは限界が訪れる。また、平成28年3月に開催された外国特派員協会での会見記録では、当時の原子力委員会の委員長が、「フランスとかイギリス、もうイギリスは今動いてはいませんけれども、福島のトリチウムから見るとはるかに桁違いに多いトリチウムが毎年、海に排出されている」と発言したとある。経済産業省のホームページにアップロードされている「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会事務局」資料を見ると、確かにその通りだ。しかし、その資料をさらによく見ると、フランスとイギリスの数値が異常値的に突出しており、それらの国以外の数値と福島のそれを比較すると、むしろ福島のほうが”桁違い”にも見える。そもそもフランスとイギリスでやっているから日本でも大丈夫というロジックは全くもって科学的でない。いわば、フランスとイギリスではマスクをしていないから、日本でもマスクは不要と主張しているようなものだ。
これで本当に「科学的に問題ない」と言えるのか。問題ないなら、なぜ、貯蔵タンクを敷地一杯に設置する前に、海洋放出しなかったのか。最初の疑問に逆戻りしてしまう。
そんなことをつらつらと考えているうちに、さらなる疑問が湧いてきた。「本当にトリチウムは除去できないのだろうか?」
Wikiから辿って、まず最初に目に留まったのは、1981年に日本原子力学会誌に掲載された論文だ。(話は逸れるが、本当に便利な時代になったものだ。何か疑問があれば、すぐにネットで関連する論文を閲覧することができる。)タイトルは「重水素およびトリチウム分離技術の現状」。読んでみて驚かされるのは、すでにこの時点でトリチウムを除去するための複数の研究が行われており、その幾つかは技術的に確立されつつあるという点だけではない。いまから約40年も前に、「最近の原子力開発の発展に従って、近い将来に確立しておかねばならない技術にトリチウム問題がある。」(論文内の文章をそのまま抜粋)との指摘がなされていることだ。タイムマシンがあったなら、1981年にタイムスリップして「今から30年後にとてつもない原発事故が起こるのです。どうかそれまでに実用化を!」とお願いするのだろうが、そんなことを考えても詮無いことだ。
さらにググってみると、現時点で実用化に最も近い技術は、日本ではなく、ロシアにあるようだ。2016年6月23日付東京新聞の記事によれば、ロシアの国営原子力企業ロスアトムが日本の報道陣にトリチウム水処理のための試験施設を公開した、とある。ロシアは日本に採用を働きかけているが、処理のかかる費用は「推定790億円もの巨費を要するという。」(記事の記載そのまま。)
790億円もの”巨費”というが、昨今のコロナ禍を巡る国家予算についての報道に慣れてしまったせいか、それがはたして巨額なのかどうか、正直ピンとこない。たとえば「アベノマスク配布」にかかる事業費は、6月1日付の新聞報道等によれば、当初466億円といわれていたが、結果的には266億円に”大幅圧縮”されたという。Go To キャンペーンに至っては、総予算は1兆6794億円。(6月7日時点。今月に入って取り沙汰されている”追加分”は、この時点では想定されていない。)
マスクに300億円かけられるのなら、トリチウム水処理に800億円くらいかけられないのか、と正直感じてしまうのは私だけか。(もちろん、相手がロシア企業ということを考えると、追加費用なしで許してくれるどうかは、非常に懸念されるところではあるのだが…。)
アベノマスクやGo To キャンペーンを引き合いに出すと、「それはすでに使ってしまったお金なのだから意味がない。」という向きもあろう。確かにその通り。こぼしてしまったミルクを悔やんでみても仕方ない。だったら、来年度予算はどうか。
財務省は先月末、各省庁からの来年度予算概算要求を締め切ったが、日経の記事等によると、科学技術分野に関連すると思わる省庁の要求額は以下の通りだという。
要求額 |
前年比率 |
増額分 |
|
32兆9895億円 |
0.01%増 |
33億円 |
|
1兆4335億円 |
12.7%増 |
1821億円 |
|
5兆9118億円 |
11.4%増 |
6739億円 |
|
2兆7734億円 |
20.0%増 |
5547億円 |
|
3418億円 |
13.1%増 |
448億円 |
コロナ禍で経済が停滞する中で、税収の落ち込みも激しかろう。それでも、厚生労働省を除く各省はいずれも二桁%の増額を要求している。(ちなみに厚生労働省の予算には、新型コロナ対応などの経費は要求額未定のまま事項要求しており、さらに数兆円規模で膨れる見通しとのこと。)家計であれば、収入が減れば、どうやって支出を減らすか頭を悩まさざるを得ないが、国家予算は別ということか。因みに4省庁の増額分を合計すると、1兆4588億円になる。予算の総額ではない、”増額分”だけの総額である。これに比べたら、”トリチウム水処理に790億円”など、容易に捻出できそうではないか…。
それにしても残念なのは、原発事故のような国家としての未曽有の大惨事に対して、必要とされる技術が国内で育成されておらず、結果として外国企業に頼らざるを得ないという現実だ。来年度予算の中には、20年後、30年後の日本人が必要とするであろう技術開発の振興のための予算が含まれていることを願わずにはいられない。