アラ還オヤジの備忘録

雑感や、その他諸々。

2008年のこと

再就職しましたで、「精神的にも経済的にも“切羽詰まった”こともあった」と書いた。

13年前の2008年、その年は、まさにそんな状況だった。

その年の9月、父親が他界した。癌を患っていたのは数年前にわかっていたのだが、死の一ヶ月前に容態が急変し、最後はあっけなくこの世を去った。不幸中の幸いと言えるのは、容態急変の2週間ほど前に父も交えて家族で二泊三日の温泉旅行に出かけられたことだった。息子(私の父にとっては孫)も一緒で、最後によい思い出が作れたと思う。しかし、私には、その旅行を心から楽しむことはできなかった。なぜなら、私はその時、職を失っていたのだ。

失業していたことは、父はおろか、家内にも打ち明けていなかった。何しろその時期は、新居を建てたばかり、ある程度まとまった額を頭金で支払っていたものの、それでも毎月のローン返済額は20万円を超えていた。そんな状態で、収入が途絶えたとは、さすがに言い出せなかった。朝は普通通りに家を出て、やることは“職探し”である。複数のエージェントに連絡し、何か“オポチュニティ”があれば教えてほしいとお願いした。できれば、早く次の職を見つけ、家内には、そのあとに“真相”を伝えたいと考えた。しかし、世の中はそんなに甘くない。今、アラ還の自分は、13年前は“アラフィフ”である。そんな年齢で新しい職を見つけることは容易なことではない。さらに言えば、2008年は、あの“リーマンショック”が起きた年である。

職を失ったことを家内が感付いたのは、父の葬儀の時である。私には、弟が一人いるが、父の告別式には、弟の勤務する会社からは弔電や、花輪が届き、彼の同僚たちが参列した。しかし、無職の私には、弔電を送ってくれる会社はなく、葬儀に参列してくれる同僚を望むべくもなかった。家内もさすがにこれはおかしいと思ったのだろう。問い詰められた私は素直に事実を白状するしかなかった。 

それからは就職活動に明け暮れる毎日だった。11月のある日、家内が「ディズニーランドに行こう」と言い出した。何か気晴らしでもしないと“やっていられない”状況だった。建てたばかりの新居の“差し押さえ”も現実的な問題として頭をよぎっていた。毎晩なかなか寝付けず、一旦眠りに落ちても午前3時には必ず目が覚めた。彼女も表には出さないが、似たようなものだったのだろう。しかし、家族三人でディズニーランドに行っても、心は晴れなかった。アトラクションを待っている間に携帯電話が鳴った。エージェントからだった。しかし、それはもう聞き慣れてしまった“不採用”の連絡だった。

そんな“どん底状態”の中、ある知り合いが電話をくれた。食事の誘いだった。そこで引き合わせたい人がいるという。こちらが求職中なのは、その知り合いも百も承知だ。転職に直接結び付くかどうかはわからなかったが、何かプラスにはなるだろうと思い、出かけることにした。

食事では他愛もない話をした。そもそも、その“引き合わせたい”人は、私がそれまで働いていたのとは異なる業界の人だった。それでも別れ際、念のためCV(curriculum vitae、いわゆる職務経歴書のこと)をメールで送ってくれ、と言われた。こちらが求職中であることを慮ってのサービストークに違いない、そう思ったが、そんな彼の心遣いがうれしかった。

それから一ヶ月ほど経った頃だろうか、状況は好転するどころか、悪化の一途を辿る中、件の知り合いから、また連絡が入った。例の“引き合わせてくれた人”が、もう一度会いたいらしいと言う。彼に直接連絡を入れると、こういう話だった。私がメールで送ったCVを彼が印刷し、たまたま机の上に置いていた。それを彼の上司が見つけ、興味を持ったというのだ。彼の上司は外国人で月イチペースで来日しており、次回の来日時に会いたいという。

朝八時と時間を指定され、外国人上司が宿泊している都内のホテルで一緒に朝食を取りながら話をすることとなった。彼と外国人上司、そして私の3人で一時間ほど話をした。話が終わり、別れ際に外国人は、私に自分の名刺を手渡した。そのまま部屋に戻っていく後ろ姿を見送りながら、彼は私にこう言った。「君は採用だ。あの外国人は自分の眼鏡にかなった人物にしか、自分の名刺を手渡さない。」

そうして、私は、その会社に、9か月間という冗談みたいに長い試用期間を条件に入社することになった。何しろこちらは、その業界は全くの未経験である。先方も“保険”をかけるのは当然だ。喜んでその条件を受け入れた。入社は、12月の最終週だった。“できるだけ早く”という先方の都合ではあったが、私にとっても、入社は早ければ早いほど有難かった。「これで年が越せる」。偽らざる心境だった。そういえば、家内にクリスマスプレゼントを買うことすらできないでいた。しかし、手元には、そんなプレゼントを買う金などあるわけがない。ひねり出した“苦肉の策”は、それまでほったらかしにしていたクレジットカードのポイントを商品券に変えることだった。クレジットカード会社のウェブサイトでポイント交換する際に、“寄付”の項目があるのに気付いた。(ポイントで寄付ができるのか…。)その時、私は自分の幸運を、誰かに感謝したい気持ちだった。いくつか選択肢のある寄付先の中からユニセフを選んだ。

その後、毎年年末になると、欠かさず“ポイント”でユニセフに寄付を続けている。途中、クレジットカード会社を変えたところ、新しいカード会社のポイントではユニセフには募金できないというハプニングがあったが、それ以降は、カードのポイントの代わりに、その年にたまったTポイント全部をユニセフに寄付することにしている。“現金で寄付すればいいだろ” というツッコミも当然あろうが、しないよりはした方がいいに違いないと自己弁護しつつ、今後も続けていこうと思っている。

ワクチン打ったジジイ達は飲みたがっている

先週のことだ。平日の昼の時間、久しぶりに自分のガラホが鳴った(着信音は“黒電話”)。最近は、メールやSNS(といってもLinkedInくらいだが)経由で連絡してくるケースが多いので、電話をかけてくるヤツは限られている。(平日のこんな時間に個人ケータイに電話をかけてくるのは…)と思って、ガラホのサブディスプレイを見てみると、案の定、昔の同僚のHからだ。

「おぅ、久しぶり」と、話を始め、先方の用件を聞く。中身は、彼の会社に応募してきた候補者についてのレファレンス取りだった。以前、ある会社で、私と候補者の在籍期間が重なっていることを目ざとく見つけて、連絡してきたのだが、生憎、接点のある人物ではなかった。「お役に立てず…」ということで電話を切ろうとすると、まだ何か話があるらしい。「実は…」と言って話し出したのは、何とワクチン接種のことだった。Hの住む街でも65歳以上へのワクチン接種が始まり、Hも予約が取れたとのこと。「全然、電話がつながらなくてさ、怒ってやったぜ。」と自慢気だ。Hの性格からすれば、その時の様子が目に浮かぶ。市の職員もご苦労なことだ。まあ、とにかくワクチンが打てるということで、「それはよかったな。」と話すと、すかさず帰ってきた言葉は「ワクチン打ったら飲みに行こうぜ。」う~ん、こちらとしても是非そうしたいところなのだが、「俺はまだ65前だから、暫くはワクチンの順番は回ってこないと思うよ。」と返事をすると、微妙な沈黙が。

Hとは結構長い付き合いで、気兼ねなく酒が飲める数少ない友人だ。この歳になると、立場の違いやら何やらで、酒を飲む相手選びにも結構気を遣う。仕事関係、特に同じ会社の中ではなおさらだ。そんな中、Hとは何故かウマがあった。会社を変わってからも、よく新橋や品川の港南界隈に繰り出したものだ。

それが、このコロナ禍だ。緊急事態宣言の狭間を狙って出かけられないこともなかったのだが、さすがにいい歳をしたオヤジ同士、リスクを冒してまで飲みに誘うことはお互い憚れた。

それがワクチンで状況が一変した。新型コロナの感染リスクがないのであれは、何に気兼ねすることがあるだろう。贔屓にしている居酒屋も、ランチでしのいでいるという話を風の便りで聞いていたが、ここは応援する意味でも真っ先に駆け付けなければ!

多分そんなつもりでHは私に電話してきたのだろう。ところが残念なことに、こちらはワクチン接種の対象外だ。Hの誘いに付き合うことも出来ず、「また、近いうちに。」と電話を切った。

それにしても、冷静に考えてみると、今の緊急事態宣言下では、どこも店を閉めているか、開いていても時短営業で、さらに酒類の提供はないのではないか。もし、自分が運よくワクチン接種を受けられても、「繰り出す」先がないことに気付いた。

テレビを見ていると、飲食業界の苦境を伝えるニュースを目にしない日はないほどだ。一方、ワクチン接種が済んだ高齢者の中には、Hのように飲みに行きたくてウズウズしている層も少なくないのではないか。であれば、ここは“ワクチン接種が済んだ高齢者限定”で、店を開けたり、さらには酒類の提供を許可してはどうだろう。こんなことを言うと、「なんて不謹慎な奴だ」とお𠮟りを受けそうだが、飲食業と“飲みたい”高齢者のWin-Win、もっと言えば、これ以上補助金を出したくない行政サイドも含めて、“売り手よし”、“買い手よし”、“世間よし”の“三方よし”のアイデアだと思うのだが。

ピアノのお稽古

再就職しましたでカミングアウトした通り、この春まで、約一年弱、プー太郎をしていたのだが、最初のうちは、“一体どうやって毎日を過ごすか”が、結構問題だった。

定年したオヤジ達が毎日やることがなく、図書館のソファーを占領して昼寝をしている、などという話を耳にしたりしていたが、自分の年齢を考えれば“他人事ではない”と思っていたのだった。それが思いもよらず、突然無職になったのだから、たまらない。何の準備もしていないから、やることがないのだ。これがコロナ禍でなければ、それこそ“図書館”も選択肢に入ったかもしれないが、図書館はおろか、外出自体が憚られるのだから、おのずとできることが限られてくる、というか自宅で何かやるしかない。ここは腹を決めて、(定年後の予行演習のつもりで考えてみるか)と開き直った。

「ジタバタしないと決めたなら、何もやらずにのんびりテレビでも見ていればいいだろう」(なぜ“ジタバタしないと決めた”かは、再就職しましたを参照下さい)というクチもあろうが、テレビばかり見ているという訳にもいかないし、そもそも多少の運動もしなければ腹も減らない。腹が減らないとメシ(と酒)もうまくない、ということで、うまいメシを食べるためには背に腹は代えられない(?)と、室内でできる運動を始めることにした。まずは、朝9時55分から始まるHNKの「みんなの体操」。国会中継があるときは放映されないが、その時は録画したものを見ながらカミさんと一緒に5分間。あと、午後には、これもNHKで昨年春ごろに放映していた「趣味どきっ!みんなができる! 体幹バランス」を録画したものを30分ほど。

いずれもグーグルカレンダーと連携しているガラホが、時間になると「ピポパポ」と知らせてくれるので、(仕方ない、やるか)という感じで重い腰を上げる。(なぜガラホが「ピポパポ」言うかは、2年縛り、まだあるってよ。をご参照ください。)

そんな訳で、運動(と言えるほどモノでもないが…)を始めてみたのだが、結果、腹が減るようになったかというと、まあ、この程度の負荷では、大して腹が減るはずもない。ほかに何をするか、と考えて思いついたのがピアノの練習だった。実は昨年の2月から近所のピアノ教室に通うことにしていたのだが、ちょうどコロナの流行と重なり、2月に1回レッスンを受けた後しばらくは休校になってしまった。レッスンを受ける部屋も完全に密室(防音が必要なため)で、きっと教室側ではいろいろ対策を講じてくれているのだろうが、敢えてここでリスクを取る必要もなかろう、ということで、それきりで退会してしまったのだった。

自宅には、息子が子供の頃に使っていたピアノ、というか、ヤマハクラビノーバ(一応88鍵盤あります)がある。

なので、独力でやろうと思えばできないことはないのだが、まあ、自己流でやるよりは、最初はきちんと先生に習ったほうがよいだろうということで、教室に通うことに決めたのだ。しかし、こうなってしまっては、自力でやるより他にない。まずは教本選びから、と思って何をしたかというと、自宅のクラビノーバの隣に立てかけてある教本らしきものを物色することに(何しろ“プー”なのだから、できるだけ出費はおさえたい)。そこで出てきたのは、「はじめから1人で学べる 大人のためのピアノレッスン」( 上・下巻)。

 

まさに自分の今のレベルにはぴったりのタイトルだ。それにしても、こんなものがなぜウチにあるのか。息子のレッスン用の訳もない(ヤツがピアノを習っていたのは小学生までだ)。思いつくのは、クラビノーバを買ったときに、“おまけ”でついてきたのでは、ということくらいだが、まあ、そのあたりはあまり気にせずに、毎日夕食前に30分ほど、ピアノの前に座ることにした。

さて、結果、腹は減るようになったかというと、実はこれが結構、効果があった。何しろ全くの初心者、それも本を頼りにでは、文字通り“悪戦苦闘”である。楽譜を見ながら、どう指を動かすか、一生懸命考えるには、脳のエネルギー(ブドウ糖)消費も一気に進んでいるに違いない。夕飯のころにはちょうど良い塩梅で腹が減っているのだった。

それにしても、この教本、たまたま自宅にあったという理由で使い始めたのだが、それまでピアノの経験の全くないオヤジにはちょうどよい難易度で、お陰様で約一年かけて、上・下巻とも終了することが出来た。背表紙を見ると発行年は1993年、自分が使っているものは1998年印刷の15版とある。Amazonで売っているものは2006年発行とあるが、これは多分DVDを付録でつけだしたからか。出版から30年近く経ってもこうやって売られていて、Amanzonのレビューを見ても大方好意的なところを見ると、たまたまではあるが、良い教本に出会ったようだ。再就職もかなって、平日に腹を減らす算段に頭を悩ますこともなくなったが、今も週末にはピアノの練習は欠かさないようにしている。さて、次の教本は何にするか、思案中だが、次も“出費ゼロ”というわけにはいかないかな。

2年縛り、まだあるってよ。

キャリアメールが付いている新料金プランがあればいいのに。で、携帯のキャリアをmineoに乗り換えるつもり、と書いてから既に二ヶ月以上。実は未だにどうしたものかと逡巡していた。5G対応ガラホはかなわぬ夢かでお話した通り、自分はガラホ使いで月々の支払いは二千円を切る。格安SIMのmineoといえども、変更後最初の数か月のキャンペーン期間を過ぎれば、支払い額は現在とさして変わらない。さらに、新たにスマホを購入するとなれば、結局今より割高になってしまう。

こう書くと、毎月の携帯代に随分とこだわっているように聞こえそうだが、実は最大の理由は、現在使っているガラホ(京セラのGRATINA 4G)があまりに賢すぎて、手放すのが何とも惜しい気がするということだ。

5G対応ガラホはかなわぬ夢かでは、メールアプリの「AquaMail」とTwitterクライアントの「SobaCha」の話をしたが、それ以外にも、「CardDAV-Sync」を使ってGoogleカレンダーとも同期しているので、パソコンのGoogleカレンダー側でアラーム設定しておけば、時間になれば、ガラホが「そろそろ予定の時間ですよ」と、健気(?)にも通知までしてくれるのだ。

そもそも昨年10月時点でガラホの買い替えを考えたのは、モバイルSuicaログインサービス終了と“COCOA”対応が主な理由だったが、今となってはモバイルSuica云々を言っても仕方なく、また“COCOA”なんぞは全く信用のおけないくずアプリであることが露呈した。そんな中では、敢えてスマホに買い替える必要はないのでは、とも感じていたのだ。

そんなわけで、なかなか思い切りがつかず、文字通りグズグズしていたのだが、このゴールデンウィークにはすることもなく、かといって外出も憚られることから、暇を持て余している。(そう言えば、携帯のキャリア変更には、それが可能な期間と、違約金を取られる期間があったような…)ということを思い出し、暇つぶしという訳でもないが、auのサポートに電話して、自分の契約内容を確認してみることにしたのだ。

フリーダイヤル(この言葉も今は死語か。何しろ今時の電話に“ダイヤル”はない)に電話し、待つこと30分弱、オペレーターのかたにようやくつながり、件の質問をしてみると、私に場合は、ちょうど今年3月から違約金のかからない期間が始まり、終わりは5月31日。それ以降は、2023年の3月まで、キャリア変更すると9,500円の違約金が発生するとのこと。キャリア変更するなら今月末までですか!それを過ぎると違約金9,500円!!これはいいタイミングで確認できたと、カミさんに自慢げに話をすると、「そもそも違約金制度なんて、随分前になくなったはずよ。聞き間違いじゃないの?」と一喝された。そう言えば、確かにそんなことがあったような…。ちょっとググってみると、ありました。総務省の働きかけで、2年縛りの規制にメスが入ったのは2019年10月1日とのこと。今から1年半ほど前のことだ。確かにそのころ“2年縛りルール廃止”について盛んに報道されていたような。だとすれば、私の場合、来月以降は違約金9,500円というのは聞き間違いか。確かめるべく、再度、auのサポートに電話に電話してみると、驚愕の事実(やや大げさか)が明らかになった。

まず、「来月以降解約は違約金9,500円」は聞き間違いではないとのこと。こちらも怯まず「“2年縛り”は廃止されたのでは?」と確認すると、今の私の契約は、2年縛りの対象で、契約内容を変更しない限り、今後もずっと2年縛りが継続するというのだ。要は、2年縛りは廃止されたのではなく、2年縛りの対象とならないプランが新たに追加されただけ、こちらから新プランへの変更を申し出ない限り、2年縛りの契約が更新され続けるということだ。

さすがにこれには驚いた。auのサポートとの電話を切った後、再度ググってみると、このような状況はauに限らず、docomoSoftbankでも同様らしい。

総務省さん、ホントにこれでいいんですか!?私のカミさんを含め、多くの人は2019年10月1日以降、2年縛りの違約金はなくなったと思ってますよ。三大キャリアも、本当に油断も隙もあったモノじゃない。総務省も、もしこの実態を知ったうえで放置しているなら三大キャリアと同じ穴のムジナと言われても仕方ない。そういえば、あの“三大キャリアにモノ申す”体(てい)で、一時期マスコミの注目を浴びた総務大臣さんは、最近は影も形も見なくなったが、もし、この2年縛りについての事実を知っての上でのあの態度なら、茶番も甚だしいと言わざるを得ない。

いやはや、思わぬ形で、携帯の契約内容の落とし穴に気が付いたわけだが、この一件でauに対するloyaltyは一気に低下してしまった。という訳で、キャリア変更に具体的に動くことに。結果は、また後日にご報告します。

医療崩壊とアメーバ経営

先週から始まったゴールデンウィークだが、コロナ禍ではどこかへ出かけることもできず、どうしても自宅でテレビを見る時間が長くなる。昨日見たのはNHKスペシャル「看護師たちの限界線〜密着 新型コロナ集中治療室〜」。先月17日放映されたものの再放送らしい。タイトルからして、どのような内容かは容易に想像できると思うが、最近の感染者数急上昇と、それに伴う医療提供体制の急激な悪化が耳目を集める今、タイムリーな再放送と思う。

それにしても、このゴールデンウィーク中、不要不急の外出は控えて、と言われているのにもかかわらず、「強制されていないから」とか「マスクをしているから大丈夫」とか言っている連中には、この番組を“強制” 的に見させるべきではないか、と思う内容だった。本当に現場の医療提供者の奮闘ぶりには頭が下がるというより他にない。

その一方で、番組のなかで登場する看護師さんが「ボーナスが半分になった」と嘆くシーンには心が痛んだ。本当に、どうにかならないものか。

聞けば、コロナ禍で来院する患者数が減少、病院の収入が減り経営が悪化した結果、看護師さんたちへのボーナスも減ってしまったらしい。そもそも医療の世界にどの程度“経営”が入り込むべきか、素人の自分には語るべくもないが、仮に“経営”視点が医療にも必須のものであるなら、この際、徹底的に“経営”に取り組んでみてはどうだろうか。

経営手法にもいろいろあるが、まず最初に導入をお勧めするのは、稲森和夫の「アメーバ経営」だ。

番組では、ICU(集中治療室)担当の看護師たちは、一度ICUに入ったら5時間出られないこともあるという。そのため、中にはおむつを付けている看護師さんもいるそうだ。さらに感染防止のための装備をつけての業務には負担も大きい。頭から顔全体を覆うようにしてつけているマスクも、重さが1kgを超えるそうだ。資格を持った専門職である看護師が、そのような過酷な労働条件のもとで長時間の業務を強いられているのだ。診療報酬点数の建てつけが間違っていなければ、「アメーバ経営」の観点を取り入れれば、ICUが上げている“収益”は、他の診療科のそれに比べて非常に大きいことが明らかになるに違いない(なにしろ病院全体としては患者数が減少しているのだ)。ICUで上げられた利益は、ICUで働く医療従事者に還元すべきで、病院全体の利益に“埋没”させるべきではない。それが「アメーバ経営」だ。この際だから、稲盛氏に病院経営改革を依頼してみては、とすら思う。何しろ、あの瀕死状態だったJALも、彼の手腕とアメーバ経営によって再生したのだから。

因みに以上の話は、あくまで「診療報酬点数の建てつけが間違っていない」のが前提だ。もし、この前提が成り立たない状況であるなら、直ちに診療報酬を改定すべきだろう。診療報酬改定というと、薬価切り下げばかりという印象もあるが、ここは、心を入れ替えたに違いない“クラスタ厚労省官僚”の皆さんに、是非ともICUで働く医療従事者と、ひいては国民のために汗をかいてもらいたいところだ。

帰国外国人の住民税未払い問題

再就職しましたで書いた通り、この春までプー太郎だったわけだが、要はその間、収入がなかったということだ。そんな中で湧いた疑問が、「他の失業者は住民税の支払いはどうしているのだろう?」だ。

失業したことのない人の中には、もしかしたら「収入がないのなら、住民税の支払いもないだろう」と思われているかもしれないが、それは大いなる誤解である。一般サラリーマンは給与天引きなので実感がないかもしれないが、実は住民税というのは前年の1月から12月までの収入に応じて、その翌年6月に請求される。給与天引きであれば、6月以降の12ヶ月間、分割して支払うことになる。新卒で就職した一年目は住民税は天引きされていなかったのが、2年目からは天引きされるようになり、手取りが減ったという遠い昔の記憶が呼び起された。

そんなわけでプー太郎期間中も住民税は支払い続けたわけだが、2ヶ月前に再就職して、最初の給与明細を見ると、住民税の欄は“ゼロ”である。それはそうだろう。プー太郎中にも市から四半期分毎にしっかりと請求がきており、まじめに支払った一方、その期間は収入がなかったのだから、「前年の1月から12月までの収入に応じて、その翌年6月に請求される」という建て付けである以上、暫くの間は住民税は支払わなくてよいはずだ。

それにしても、収入ゼロの失業者からは住民税を取り立て、再就職したらその後しばらくは住民税の請求はなし、という仕組みはどうかと思う。失業期間中は住民税の請求は一旦停止し、再就職出来たら住民税の納付を再開するということにすれば、何の問題もないのではなかろうか。霞が関の優秀なお役人の皆さんには、「なんちゃら給付金」を乱発する暇があったら、こういう根本的な問題について、もっとしっかり考えてほしいものだ。因みに自分の場合はコロナで失業したが、全国民を対象に配布された一律10万円の「特別定額給付金」以外は、「なんちゃら給付金」は一円も頂戴できていない。何兆円もの国家予算が投入されているというが、一体どこに“流れて”いるのだろうか?

そんなことをつらつら考えながら、ふと思ったのは、「海外から日本に赴任していた外国人が帰国したら、 “前年の”住民税の支払いはどうなるのだろう?」ということだ。例えば、日本に三年ほど赴任していた外国人ビジネスマンがいるとして、最初の一年目は住民税の支払いはなし、二年目から住民税を支払い始めたとしても、帰国時には住民税の支払いが一年分残っているはずだ。帰国時に未払いの住民税もまとめて支払ってくれればよいが、「ウチに強くソトに弱い」日本の役所にそんなことができるのだろうか?

ちょっとググってみると、案の定、帰国外国人の住民税未払いが大きな問題になっているようだ。総務省発行の令和元年度個人住民税検討会報告書を見ると、その年4回開催された検討会のうち、前半二回は「グローバル社会における個人住民税のあり方」、後半二回は「個人住民税の現年課税化」について検討されている。「グローバル社会における個人住民税のあり方」の検討の中では、“在留外国人の個人住民税の徴収に係る市町村における課題”として、次の二点が問題点として挙げられている。

  1. 特別徴収されず普通徴収の者が多いなどの理由で、滞納が発生しやすいこと
  2. 出国(帰国)後、事実上徴収不可能になってしまう場合が多いこと

詳しい議論の内容は報告書を見てほしいのだが、「文化や言葉の壁、納税意識の違いなどにより、滞納処理が進まない」、「市町村が事前に出国を把握するすべがなく、外国人に対し直接納税を求めるタイミングがない」(資料3:「グローバル社会における個人住民税のあり方」から抜粋)等、ほとんど“泣き言”といえるような口実で、外国人からの住民税の徴収が進まないことを“正当化”しているようにも見える。失業者は言葉の壁もなく、出国もしないから、容赦なく取り立ててやれということか。

本資料の中では、「究極的な解決策としては、現年課税が考えられる」としていて、正にその通りと思うが、結論は「これは中長期的な検討を要する課題」で、真剣かつ迅速に取り組もうという姿勢は全く感じられない。現場が悲鳴を上げているなら、それを解決するようなエレガントな策を講じるのが中央官僚の仕事だろう。(“エレガント”な策とはどんなものかは、社長の仕事と“仕組みと仕掛け”(そして、コロナ対策の優先順位)で紹介した「ティッピング・ポイント」(原題:The Tipping Point、マルコム・グラッドウェル著)の中の、サンディエゴ黒人地区での乳がん啓発キャンペーンの事例を参照してほしい。)

以前、Go To Eatの“Why”は何か?で、農林水産省の官僚たちの態度と能力にモノ申したことがあった。5G対応ガラホはかなわぬ夢かでは、新型コロナウイルス接触確認アプリ”COCOA”を使うために、スマホ購入を検討していると書いたが、その後、COCOAポンコツぶり、というか厚生労働省の余りのいい加減さが白日の下に晒された(送別会でクラスター発生の件は、敢えてここでは触れまい)。そして、今度は総務省。全く、日本の官僚組織は機能しているのか、などと考えながら、今日の朝刊の書評欄を見ていて、目に留まったのが、「文部科学省」(青木栄一著)。

帯には「失敗はなぜ繰り返されるのか」の文字。今度は文部科学省ですか。中身を見て、「これは、根っこの部分は農水省厚労省総務省も同じだな」と感じるのは自分だけではあるまい。

昨今、コロナ対策における内外の格差を見て、「日本が今も一流国というのは全くの幻想」という証左を見せつけられることが多くなったように思う。その全責任を官僚達に負わせるつもりはないが、かといって全く関係ないということもなかろう。政治家に対しては民意を「選挙」という形で表明することが出来ても、官僚に対しては、国民はそのような術を持たない。だが、昨今の高級官僚の不祥事にかかる報道を見るにつけ、官僚に対しても何らかの手段を用意すべきなのでは、と感じる今日この頃だ。

再就職しました

タイトルの通りである。先月から新しい会社に勤め始めた。暫くの間プー太郎だったのだが、ご縁があって久方ぶりのサラリーマン復帰である。

前職では、米国法人の日本支社を預かっていたのだが、コロナ禍の影響をまともに受けて東京オフィスは閉鎖、お前もいらん、ということになり、あっけなく路頭に放り出されることになった。そもそも、特に転職活動をしていたわけでもなかった自分に、「どうしてもウチに来てください」と言うから、「そこまで言うなら」と、その会社に転職したのだが、いざとなったら、そんな経緯はおくびにも出さず、あっさりクビである。言いたいことは山ほどあったが、アメリカ人相手にその手の喧嘩をしても時間の無駄なのはよくわかっているので、さっさとケリをつけたのは昨年5月だ。

コロナ禍では、転職活動もままならず、暫くはジタバタせずのんびり過ごそうと決めたのだが、夏を過ぎ、冬の足音を聞く季節になっても、コロナは一向に収まる様子を見せない。さすがに「このままのんびりしていていいのか?」と不安がよぎるようになってきた。

隠れトランプとアメリカ人上司で、「師匠に相談事があった」と書いたが、相談事とは、正にこのことだった。それに対する師匠の答えは「そのまま暫くはジタバタせず、のんびりしていろ」。そう言われると「そんなものか」と、気持ちも多少は楽になったのだった。

そうこうしているうち、年末頃から、それまで付き合いにあったエージェントから幾つか自分のスキルセットに合いそうなオポチュニティが舞い込んでくるようになった。これは、と思うものについてはインタビューを受け、結果、お陰様でめでたくそのうちの一社と契約まで漕ぎつけた。こんなアラカンのジジイにオファーしてくれるのだから、有難いことだ。

こんな風に書くと、「随分とのんびりしていて、気楽なものだ」と思われるかもしれない。確かに、すでに息子は手を離れて独立し、お陰様で住宅ローンも完済した、と言う訳で、若い頃のように切羽詰まるということはないが、それなりに、というか、人並みに不安やプレッシャーはあるものだ。以前、ネルソン・マンデラとポケトークで「最初に就職した会社を飛び出し、ベンチャー外資を転々とした」と書いたが、その中には、文字通り、精神的にも経済的にも“切羽詰まった”こともあった。

そんなとき、どうするか。友人や家族に頼ったり、或いは信仰に救いを求める人もいるだろうが、自分の場合は“本”だった。本当に追い詰められた時、手にする本が二冊ある。一冊は「運命を拓く」(中村天風)。

もう一冊は、「道は開ける」(D・カーネギー)だ。

この二冊、タイトルこそ、雰囲気が似ているが、著者のバックグラウンドも体裁も全く異なる。「運命を拓く」は、ヨガの聖地での修行から悟りを得たという著者の講演集、「道は開ける」は、著者がYMCAの夜間学校で多くの生徒たちが悩みを抱えていることを知り、それを解決する目的でニューヨーク共立図書館にある22冊の悩みに関する書籍全部を読破し、さらには自身の夜間学校での経験を踏まえて執筆したものだ。

ところが中身を読んでみると、意外なほど共通するアドバイスが多い。例えば「運命を拓く」には、こんな句が出てくる。

悲しくば あす悲しまめ 今日の日は 光うるおしく 吾れを 照らすを

一方、「道は開ける」では、PART 1の最初に「今日、一日の区切りで生きよ」という章が立てられているという具合だ。

「今日のことだけ考えていられるなら、とっくの昔にそうしている。」という声も出てきそうだが、もし、今、何かお悩みなら、騙されたと思ってまずは両著を手に取ってみてほしい。

因みにこの二人の著者、共通点が全くなさそうなのだが、実は一つ、似た点がある。中村天風は1876年生まれ、一方、D・カーネギーはというと1888年生まれ。ほぼ同時代の人だ。二人が実際に出会うことはまさかなかったとは思うが、もしかしたら、と想像してみるもの楽しいものだ。