アラ還オヤジの備忘録

雑感や、その他諸々。

マーラーとたいやきくん(そして、“一流の政治家”がしないこと)


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以前、“目覚めの音楽”のおすすめは?で、毎朝、目覚まし時計代わりに、レスピーギ作曲の「ローマの噴水」のCDをかけている話をしたが、その時、「以前は別の曲だった」と書いた。今日はその別の曲の話。

 

「ローマの噴水」が気に入っている理由は、曲が始まってからしばらくの間は寝床で微睡んでいられるような曲調が続き、その後、寝床を出ざるを得ないような大音量になるところだが、前の曲も同じ理由からの選曲だった。“しばらく静かで、その後大音量”ということだけであれば、いろいろな曲があると思うが、できれば目覚めにふさわしい“明るい”曲を選びたい。コードはメジャーで、“大音量”のパートは、元気の出そうな旋律のもの。そんな基準で選んだのは、マーラー交響曲第一番「巨人」だった。

 

この曲が自分のなかで印象付けられたのは、あるテレビ番組によってだと思う。その昔、「オーケストラがやってきた」という音楽番組があった。司会は山本直純。(呼び捨てはまずいか。ちょっと気になるがそのまま続ける。)ある回で、この曲が取り上げられたのだが、その紹介のされ方が、なにしろユニークだった。当時流行っていた「およげ!たいやきくん」の歌詞を、第一楽章の主要主題にそのままそっくり乗っけたのだ。すると、なんと“まいにち まいにち ぼくらはてっぱんの…”という歌詞が、主題のメロディーにぴったりと収まるではないか!まさかそんな、と思われる方は、是非試してほしい。「およげ!たいやきくん」のメロディーのコードはマイナーで、あの歌詞も一層哀愁漂う感じだが、マーラーの方はメジャーコードだ。元のメロディーと比べると、随分前向きな印象に変わるのだった。

 

そんな「巨人」を目覚めの音楽として聴くために選んだCDは、ズービン・メータ指揮、イスラエルフィルハーモニー管弦楽団の演奏によるものだ。

録音は1974年12月、場所はイェルサレム。「巨人」のような人気曲は、様々な演奏家によるCDが数多あるが、その中でメータ&イスラエル・フィルというチョイスは“渋め”というべきか。演奏の印象としては、ややテンポが速いこととも相まって、当時のメータの“勢い”を感じさせる。“名演”と言っていいのではないか。

 

それにしても、1974年にイェルサレムで録音というのは、当時の中東情勢を思うと、なかなか興味深い。

1973年10月、イスラエルは、エジプトとシリアから奇襲を受けた。所謂「ヨム・キプル戦争」だ。“ヨム・キプル”、または“贖罪の日”と呼ばれるユダヤ教の祭日に、不意を突かれたイスラエルは、開戦当初、苦戦を強いられた。当時のイスラエル首相はゴルダ・メイヤ。女性である。しかしその後、アメリカからの支援もあり、最終的にはイスラエル軍が逆転勝利を収めた。この時アメリカが支援を決める経緯については、当時の米国大統領であるリチャード・ニクソンの著書、「指導者とは」(原題:LEADERS、徳岡孝夫訳)に詳しい。

支援した当事者の回想だから、その内容は(ここまで書いていいのか?)と思うほど詳細で、当時の緊迫度がこちらに伝わってくる。因みに、記載の個所は「新しい世界」の段のゴルダ・メイヤについての部分ではなく、「ニキタ・フルシチョフ」の段だ(このあたりに、ニクソンという人の政治思想が垣間見える)。もちろん、ゴルダ・メイヤについての記述の中でも、ヨム・キプル戦争については触れられているのだが、こちらは、メイヤ首相からアメリカへの感謝の言葉が中心だ。

そんな「ヨム・キプル戦争」の翌年、メータはこの録音をしたのだ。街のそこかしこで、戦争の名残を感じただろう。そんな中、当時まだ38歳だったインド人指揮者は、一体どんな気持ちで、タクトを振ったのだろうか…。

 

因みに「ヨム・キプル戦争」当時のエジプト側の大統領はサダト。「指導者とは」の中には、サダトについての記述もあるが、その中に、ニクソンによる興味深い言葉があるので、それを紹介しておしまいにする。

 

サダトは農民の出であることを隠さなかったが、べつに自分が「庶民の一人」であることを国民に誇示しなかった。一流の政治家は、あまりそれをしないものである。