アラ還オヤジの備忘録

雑感や、その他諸々。

大学授業料と“井戸塀”


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昨今のコロナ禍を巡る報道でも、大学生の窮状を伝えるものには心が痛む。先日目にしたテレビニュースでは、都内に住むある学生は、食費を切り詰めるために一日一食で我慢しているという。バイトをしようにも、それまでのバイト先だった飲食店は閉店し、新たなバイト先は、簡単には見つからない。両親には、高い大学の学費を含め、これまでの仕送り以上の金額の送金を望むのは難しい。いっそのこと、地元に帰ることができればよいが、東京から地方への移動は憚られる。そんな八方ふさがりの状況の中、今は、一日一食でじっと我慢するしかないという。生活困窮者に対しては、国もいろいろな施策をうっていると国会でも説明しているのだが、どうも、“本当に困っている人”に届いていない気がして仕方ない。

 

自分が大学生だった頃、今からおよそ40年前のことだが、その当時の学生たちも決して裕福ではなかった。ただ、その一方で、学費は現在に比べてずいぶん安かったと思う。記憶が曖昧なので、ちょっとググってみると、40年前(昭和55年)の国立大学の年間授業料は180,000円(入学金は80,000円)とのこと。一方、今はというと授業料が535,800円、入学料は何と282,000円というのだ。授業料は約3倍、入学金に至っては3.5倍だ。物価が違うとは言え、いくらなんでも高すぎだろう。因みに物価上昇率だが、総務省発表の「消費者物価指数」によれば、2019年の物価は昭和55年(1980年)のわずか1.36倍だ。この授業料、当時の自分の境遇からすると、とてもじゃないが大学入学を躊躇するほどだ。何しろ自分の場合は、経済的理由から、学費が高い私学への進学は到底考えられなかったし、国公立に合格出来ても、奨学金をもらうのが前提だった。お陰様で大学に合格し、奨学金も受給できたので、何とか大学を卒業することができたのだ。

余談になるが、大学を卒業する際、奨学金返済の“保証人”を決めるよう言われ、その時、研究室で面倒を見てくれていた助教授の先生に保証人をお願いしたら、酷く怒られた記憶がある。それはそうだろう、その当時は、「保証人」の責任の“重さ”もまるで分っていない世間知らずの学生だった。仕方なく、同じように保証人が必要だった研究室の同級生と、互いに保証人になったのだった。当時の自分の周りは、そんな貧乏学生が多かった。因みにこの「保証人」とは、一年ほど前に再会したのだが、外見は随分と“ジジイ”風になっていたものの、元気そうにやっていた。お互い相手に迷惑をかけることなく、無事、奨学金を返せたのだった。有難いことだ。

さらに余談になるが、その奨学金は10年がかりで返済したのだが、カミさんと結婚した時には、まだ返済の途中だった。結婚後に“借金”を抱えていることが発覚し、カミさんに、どうして結婚前に教えてくれなかったのかと、なじられた。借金があったら結婚しないという判断になったかどうかは謎だが、まあ、今となっては、ほろ苦い思い出である。

 

さて、話を戻すと、そんな貧乏学生にとって、当然バイトは不可欠だ。だれもが目に見えない看板を首から下げて人生を歩んでいる。そこに書かれているのは…で、イタ飯屋で学生アルバイトをしていたと書いたが、そこでは、店が終わると店長が自ら賄いを作ってバイト達にふるまってくれた。そもそもバイトを選ぶ基準は、時給の高低よりも“賄い”があるかどうかの方が優先度が高かった。家庭教師のバイトもしていたが、そちらも夕飯を食べさせてくれるというのが必須条件だった。

ある家庭教師のバイト先でのこと。その家は、家族全員が揃って夕飯を取るのだが、自分もその末席に加えてもらい、いっしょに夕飯を食べさせてもらっていた。大家族で、おばあさんも一緒に食卓を囲んだのだが、ある日のこと、そろそろ食事も終わる頃、そのおばあさんが私に「“イドベイ”って言葉、知ってる?」と聞いてきた。聞いたことのない言葉だった。正直に知らないと答えると、おばあさんは、“井戸塀”の意味を説明し始めた。政治家というのは、国のためには私財もつぎ込み、結果、井戸と塀しか残らない…。

 

あれから40年、今の政府与党の皆さん方は、“井戸塀”という言葉はご存じなのだろうか?国交副大臣のIR汚職やら、農相の鶏卵汚職やら、立場を利用して私腹を肥やす事例が後を絶たないところを見ると、40年前の私と同様、聞いたこともないに違いない。“罪滅ぼし”に、中国企業や卵屋さんからせしめたお金の、ほんの一部でよいから困窮した学生のために使ってみてはとも思うが、そんな発想ができるのであれば、そもそもあのような“みっともない”行動はとらないだろう。

 

話は戻るが、国公立大学の現在の学費のレベルは、本当にどうにかならないものか。私学はともかく、国公立として国費がつぎ込まれているのなら、次の日本を背負う人材を育成する責務があるはずだ。より多くの学生に最高学府での学習の機会を提供することは、国力の維持・向上には不可欠だろう。学生たちが、“一日一食”で我慢するような状況が早く改善されることを願うばかりだ。