アラ還オヤジの備忘録

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新幹線のレールに耳を付ける


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週末の“お勤め”で「このブログだが、しばらく前から毎週日曜に更新するようにしている。」と書いたのが今年の3月末。

sugo-mane.hatenablog.com


しかし、その一ヶ月後には早くも“飛ばして”しまったのだが、その時の理由は義母の他界。

sugo-mane.hatenablog.com


そして、今回、またしても飛ばしてしまったのだが、今度の理由は“コロナ感染”。
週に1〜2度出社といっても、その度にJRに乗って都心まで通勤しているわけで、通勤経路の東京駅辺りの混雑ぶり&“ノーマスク”ぶりをみれば、こちらがどれだけ注意しても、感染するのは時間の問題だな、と思っていたが、意外と早くにその日がやって来た。
こちらの顛末は、“決着”がついてから書くとして(まだ、熱も下がり切っておらず、喉も痛い)、今日は別のお題を。


この歳になると、(あれは、現実だったのか、それとも夢だったのか)の判別が怪しい記憶というものが増えてくる。
「夢の中身が現実みたいに鮮明に記憶されるのか」と思われるかもしれないが、それが厄介なことに、むしろ夢のほうが鮮明だったりするから始末に負えない。
そんな記憶の一つが、表題の件。
自分がまだ小学生になる前くらいのこと、別の場所から引っ越してきたばかりのウチの家族の新しい家からは、盛り土をして高架化された新幹線の線路がよく見えた。”線路がよく見えた”というのは、表現が良くないが、要は1km弱くらい先に新幹線の高架が見えていたということだ。
今も、その高架は実家からよく見えるが、高架の周りには高い金網が張り巡らされ、中に人が入ることはできない。安全対策上、当然といえば当然なのだが、自分の記憶の中の新幹線の高架の周りには、まだ金網は張り巡らされていなかった。開業前だったのだろうか、確かに我が家が今の実家がある場所に引っ越してきたのは、そんな時期だった。記憶の中の幼い自分は父親(その時の父親はまだ20代だ)に連れられて、新幹線の高架に向かって歩いていく。高架の盛土の周りには、金網はおろか何の障害物もない。難なく高架の上まで登って新幹線の線路の上に立った。
右を見ても左を見ても線路はひたすら真っ直ぐで、その先は霞んで見えない。とても天気の良い日で、季節は真夏、午前の早い時間帯と言ったところか。
しばらくすると、父が自分にこう宣った。「線路に耳を付けてみろ」。線路に耳をつければ、遠くを走る新幹線の音が聞こえると思ったのだろうか。しかし、残念なことに、それらしき音は聞こえないのだった...。
不思議なことに、このあとどうしたのかについては、さっぱり記憶にない。何事もなかったように高架を降りて、自宅に向かったのか、それともやはり夢だったのか。
それにしても、それこそ60年ほど前の記憶が今もこれほど鮮明に残っているというのは、どういうわけか。よほどインパクトが強かったのか、それとも他に理由があるのか...。
コロナ感染でボーっとした頭で書けるのはこれくらい。今日はここまで。